その口辺に漂っていた。アリョーシャは激しく胸をおどらせながら始終の様子に注意していた。この会話のすべてが極度に彼を興奮させたのである。彼がふとラキーチンのほうを見やると、この男は依然として戸のそばにじっとたたずんだまま、眼こそ伏せてはいるが、注意深く耳を澄ましながらすべてを観察していた。しかしその頬に映《は》えている紅潮によって、彼もアリョーシャに劣らず興奮していることが察せられた。彼が興奮している理由をアリョーシャはよく知っていた。
「失礼ですが、皆さん、ひとつちょっとした逸話をお話しいたしましょう」突然ミウーソフが格別もったいぶった様子で、意味深長に語りだした。「あれは十二月革命のすぐ後のことですから、もう幾年か前の話ですが、ある時、僕はパリである一人の非常に権勢のある政治家のところへ、私交上の訪問をしましたところ、そこできわめて興味ある人物に出会いました。この人物は普通の探偵というより、大ぜいの政治探偵の部隊を指揮している人で、ですから、やはり一種の権勢家なんですね。この人物と、ふとしたきっかけから、僕は好奇心にかられて、話を始めたのです。ところで、この人は別に知己として面会に来ていたわけではなく、ある種の報告を持って来た属官という資格でしたから、彼の長官の僕に対する応対ぶりを見て、幾分打ち解けた態度を示してくれました。しかしそれもむろんある程度までで、打ち解けたというより、むしろ慇懃《いんぎん》な態度だったのです。実際、フランス人は慇懃な態度をとるすべを知っていますからね。それに僕を外国人と見てよけいそういう態度に出たのでしょうね。僕にはその人のいうことがよくわかりました。話題にのぼっていたのは、当時官憲から追跡されていた、社会主義の革命家たちのことでした。その話の本題は抜きにして、ただこの人がなんの気なしに口をすべらした、たいへんおもしろい解釈を御紹介いたしましょう。この人が言うことに、『われわれには無政府主義者だの、無神論者だの、革命家だのといった連中は、あまりたいして恐ろしくはありません。われわれはこの連中を絶えずつけ狙っていますから、彼らのやり口もわかりきっています。ところが、彼らの中に、ごく少数ではありますが、若干毛色の変わったやつがあります。それは神を信仰している立派なキリスト教徒で、しかもそれと同時に社会主義者なのです。こういう手合いこそわれわ
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