取つて、肩に掛けて、山道を下りて行くのです。わたくし共は跡から付いて行きました。
 少し行くと下の方に土人の天幕が並んでゐるのが見えました。小さな村なのです。
 同志の者はちよつと足を留めて心配し出しました。「どうしよう。あいつが村へ帰つて行くと村の者を呼び集めるかも知れないぜ。」
 わたくし共はかう云ひました。「構ふものか。あの天幕は四つある。中に何人づゝゐるとしても知れたものだ。こつちは同勢十二人、一人一人長さが四分の三アルシン位ある、立派なナイフを持つてゐるぢやないか。それにあいつらの体と、己達のやうな大男の体とは、比べものにならない。第一ロシア人は牛肉を食ふのに、あいつらは肴ばかり食つてゐやがる。どうする事が出来るものか。」
 かうは云つたものの、わたくし共は余り好い気持はしませんでした。
 兎に角島の果まで、漕ぎ付けて来た。併しあの向うの地平線に、青い帯のやうに見えてゐる、黒竜江の岸に渡つて、ほつと息を衝く事が出来るだらうか。鳥のやうに羽でも生えてくれれば好いと思つたのですね。
 暫く待つてゐると、大勢の土人が、オルクンを先に立てゝ、遣つて来ます。見ると、それが皆槍を持つてゐるのです。同志の者が、かう云ひました。
「見ろ。あそこを遣つて来やがる。命のある内は降参すまいぜ。あいつらと遣り合つて、死ぬるものがあつたら、それも運だから、諦らめるが好い。お互に助け合つて、出来るだけ防いで見よう。さあ、みんな成るたけ散らばらないやうに、固まつてゐなくては行けないぜ。」
 こんな風に待ち構へてゐましたが、これは全くこつちの誤解でした。オルクン奴《め》は、わたくし共の様子を見て、疑はれたのだなと暁《さと》つたものですから、仲間の槍を皆取り上げて、一束にして一人の男に渡しました。
 そこでお互に腹が分かつたものですから、わたくし共は、村の者と一しよに、ボオトのしまつてある所へ見に行きました。そこで土人は船を二艘出して見せました。大きい方には八人乗られるし、小さい方には四人乗られるのです。
 こんな工合に、やうやう船だけは出来ました。ところが困つた事には、乗り出す事が出来なくなつたのです。丁度その時風が出て、向岸から吹くのですね。波が中々高くて、とてもボオト位では乗り出されません。
 そこで二日間風を待ち合せました。その内に食料がいよ/\無くなつたものですから、木の実と、オルクンのくれる肴とを食つて、命を繋いでゐました。オルクンは正直な、好い奴でしたよ。今でもあいつの事は折々思ひ出します。
 持つてゐた二日目の日が暮れたのに、わたくし共は矢張り島にゐるのです。どんなにじれつたかつたか、口では言はれません。その夜も過ぎてしまふ。三日目になつて見ても、まだ同じ風です。
 その時海を見ますと、風が霧を皆吹き払つてしまつたものですから、向岸が好く見えるのです。それを見るといよいよ溜まらなくなつて来るのですね。
 ブランの爺いさんは岩の上に蹲《しやが》んで、向岸ばかり見詰めて、何時間立つても動きません。みんなが木の実を取りに行つても、爺いさんだけは立ちもしません。みんなが気の毒がつて、やつと拾つて来た木の実を、少しづゝ分けて遣りました。大方爺いさんは流浪人の係恋《あこがれ》とでもいふやうな心持になつてゐたのでせう。それとも死ぬる時が近づいたのを、自然に知つてゐたのかも知れません。
 さうしてゐる内に、同志の者が皆我慢し切れなくなつて、とうとう夜になつたら、どうなつても構はないから、漕ぎ出さうといふ事に極めました。どうせ昼の内は漕ぎ出されません。そんな事をしようものなら、警戒線から見付けますから。夜ならばその心配だけはありません。そこで命を神に任せて、夜出掛けようといふのです。
 風はやつぱりひどくて、鞭で打つやうに、波が打《ぶ》つ附かつて来ます。見渡す限り海の上には、波頭の白い泡が立つてゐます。
 わたくしはみんなにかう云ひました。「さあ、皆来て寝るのだよ。丁度夜中には月が出る。その時船を出すのだ。船では寝るどころの騒ぎではないから、それまで出来るだけ休んで置くのだ。」
 一同わたくしの差図通りに横になりました。わたくし共の隠家は高い岸の岩の側で、下から見上げても、立木が邪魔になつて見えないやうになつてゐました。只ブランだけは横にならずに、やつぱり西の方を見詰めてゐます。
 みんなが横になつたのは、まだ夕日が入らない頃でした。日が暮れるまでには、大ぶ時間があります。わたくしは十字を切つて横になつて、波が岸を揺つたり、森の木が風にざわ付いたりする音を聞きながら、寐入つてしまひました。
 どんな恐ろしい事が目前に迫つて来るか、皆知らずにゐたのですね。
 ふいとブランが小声で呼ぶのに気が付いて、わたくしは眠たいのを我慢して、起き上がつて、身の周囲《ま
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