来て、卵と金貨を取っかえてもらうくらいでした。他には誰も来なかったので、紳士は食物《たべもの》一つありませんでした。そこでれいの紳士は、空腹《すきはら》を抱えて何か食べるものを買おうと村へ行って、ある家《うち》に入りました。そして、鳥を一羽売ってもらおうと思って金貨を一枚出しましたが、そこのおかみさんは、どうしてもそれを受取りませんでした。
「私ゃたくさん持っています。」
と言いました。
 今度は鰊《にしん》を買おうと思って、寡婦《ごけ》さんのところへ行って金貨を出すと、
「もうたくさんです。」
と言いました、。
「私の家《うち》にゃそれを持って遊ぶような子供はいないし、それにいいもんだと思ってもう三枚もしまってありますからな。」
と言ってことわりました。
 かれは今度は百姓家へ行って、パンと取っかえようとしました。けれどもやはり受取ろうとはしません。
「そりゃいらない。だが、お前さんが『キリスト様の御名によって』とおっしゃるなら、ちょっと待ちなされ、家内に話して一片《ひときれ》貰って上げましょうから。」
と言いました。(『キリスト様の御名によって』という言葉は露西亜《ろしや》の乞食や
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