は兵隊をこさえませんでした。
 肥満《ふとっちょ》のタラスも、もっとお金をこしらえてくれとイワンにたのみました。しかしイワンは頭をふって、
「いいや、もうこさえない。」
と言いました。
「お前はこさえると約束したじゃないか。」
「そりゃした。だがもうこさえない。」
「なぜこさえない、馬鹿!」
「お前さんのお金がミカエルの娘の牝牛を奪って行ったからだ。」
「どうして。」
「ただ持って行ってしまったんだ。ミカエルの娘は牝牛を一匹もっていた。その家《うち》の子供たちはいつもその乳を飲んでいた。ところがこの間その子供たちがわしの家《うち》へやって来て、乳をくれと言った。で、わしは「お前んとの牝牛はどうしたんだ」とた[#底本では「た」が重複]ずねた。すると「肥満《ふとっちょ》のタラスの家《うち》の支配人がやって来て金貨を三枚出した。するとお母《っかあ》は牝牛をその男にくれてしまったので、おれたちの飲むものがなくなった。」と言った。わしはあの金貨を持って遊ぶんだとばかり考えていた。ところがお前さんはあの子供たちの牝牛を奪って行った。わしはもうお金をこさえてはやらない。」
 イワンはこう言って、もう金をこさえようとはしませんでした。それで兄たちは出て行きました。そして二人は道々どうしたらいいか相談しました。そのうちに兵隊のシモンがこう言いました。
「じゃ、こうしようじゃないか。お前はおれにおれの兵隊を養うだけ金をくれるんだ。するとおれはお前におれの国を半分と、お前の金を番するのにたるだけの兵隊をやる。」
 タラスはすぐ承知しました。そこで二人は自分たちの持ち物を分けて二人とも王様になり、お金持になりました。

        八

 イワンは家《うち》にいて両親を養い、唖《おし》の妹を相手に野ら仕事をして暮しました。さて、あるときのこと、イワンの家《うち》の飼犬が、病気にかかってからだ中おできだらけになり、今にも死にそうになりました。イワンはそれをかわいそうに思って、妹からパンを貰って、それを帽子に入れて持って行き、犬に投げてやりました。ところが、その帽子が破れていたので、れいの小悪魔から貰った小さな木の根が、一つ地べたに落ちました。老《とし》よった犬はパンと一しょにその根を食べていました。そしてそれをのみ下したと思うと、急に、はね廻り、吠え、尾をふりはじめました。――つまり元通り元気になったのでした。
 父親も母親もそれを見てすっかりおどろきました。
「どうして犬をなおしたのだ。」
と親たちはたずねました。
「わしはどんな病気でもなおすことの出来る根っこを二本持っていた。それを一つこの犬がのんだのだ。」
とイワンは答えました。
 ところが、ちょうどその頃、王様のお姫様が病気にかかりました。王様は町々村々へおふれを出して、姫をなおした者には望み次第のほう美を与える、もしそのなおした者におよめさんがなかったら、姫をおよめさんにやるとつたえさせました。このおふれはイワンの村にも廻って来ました。
 イワンの父親と母親は、イワンを呼んで言いました。
「お前王様のおふれを聞いたかね。お前の話と、どんな病気でもなおせる木の根っ子を持っているそうだが、これから一つ出かけてなおしてあげないかな。そうすりゃお前、これから一生|幸福《しあわせ》に暮せるわけだがね。」
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
 そこでイワンは、出かける仕度をしました。イワンの両親は、イワンに一番いい着物を着せました。ところがイワンが戸口を出るとすぐ、手萎《てなえ》の乞食ばあさんに、出あいました。
「人の話で聞いて来たが、お前様は人の病気をなおしなさるそうだが、どうかこの手をなおしておくんなさい。わしゃ一人じゃ靴もはけないからな。」
とそのばあさんは言いました。
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。そして、例の木の根っ子をくれてやって、それをのめとおばあさんに言いました。乞食ばあさんは、それをのんで、なおりました。手はわけなく動かすことが出来るようになりました。
 父親と母親は、イワンについて王様のところまで行くつもりで、やって来ましたが、イワンがその根っ子をやってしまって、お姫様をなおすのが一本もなくなったと聞いて、イワンを叱りました。
「お前は乞食女をあわれんで、王様のお姫様をお気の毒とは思わないのだ。」
と言いました。しかし、イワンは、王様のお姫様もやはり気の毒だと思っていました。それで、馬の仕度をすると、荷車の中に藁をしいてその上に坐り、馬に一むちくれて出かけようとしました。
「どこへ行くんだ、馬鹿!」
「王様のお姫様をなおしに。」
「だがお前はもう一本もなおせるものをもっていないじゃないか。」
「ううん、大丈夫。」
とイワンは言いました。そして馬を出
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