しまいました。王様の家《うち》で自分を豚同様に扱っているのです。かれはイワンに言いました。
「誰もかも手を使って働かなきゃならないなんて、お前の国でももっとも馬鹿気《ばかげ》た律法《おきて》だ。こんなことを考えるのも言わばお前が馬鹿だからだ。賢い人は何で働くか知っているか?」
 するとイワンは言いました。
「わしらのような馬鹿にどうしてそんなことがわかるもんか。わしらは大抵の仕事は手や背中を使ってやるんだ。」
「だから馬鹿と言うんだ。ところがおれは頭で働く方法を一つ教えてやろう。そうすりゃ手で働くより頭を使った方がどんなに得だかわかるだろう。」
 イワンはびっくりしました。そして、
「そうだとすりゃ、なるほど私らを馬鹿だと言うのももっともだ。」
と言いました。
 そこで年よった悪魔は言葉をつづけて、
「しかしただ頭で働くのはよういじゃない。おれの手に硬いところがないと言ってお前たちはおれに食物《たべもの》をあてがわないが、頭で働くことはそれよりも百倍もむずかしいと言うことをちっとも知らない。時としちゃ、全く頭がさけてしまうこともある。」
 イワンは深く考え込みまし[#「し」は底本では「じ」]た。
「ほう? じゃ、お前さん、お前さん自分自身でどうしてそんなに自分を苦めているんだね。頭が悪い時ゃ、気持はよくないだろうしね。それよりゃ手や背中を使ってもっと楽な仕事したらよさそうなもんだがね。」
 しかし悪魔は言いました。
「おれがそんなことをするのも、みんなお前たち馬鹿どもがかわいそうだからだ。もしおれがそうしないと、お前たちゃいつまでたっても馬鹿だ。だが、おれは頭で仕事をしたおかげで、お前たちにそれを教えてやることが出来るんだ。」
 イワンはびっくりしました。
「じゃ、わしらを教えてくれ。わしらの手が萎えしびれた時に、そのかわりに頭で仕事をするようにね。」
とイワンは言いました。
 悪魔は人民たちに教えることを約束しました。そこでイワンは、あらゆる人たちに頭で働くことを教えることの出来る立派な先生が来たこと、その先生は手よりも頭でやる方がずっと仕事が出来ること、人民たちは残らずこの立派な先生に教わりに来てよく習わなければならないことだのを、ふれさせました。
 イワンの国には一つの高い塔がありました。その塔には、てっぺんにまで登ることの出来る階段がついていました。イワンは
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