た。
 タラス王の御殿はそのままで、普請《ふしん》はちっともはかどりませんでした。
 タラス王は庭をこさえようと考えました。秋になったので、その庭へ木を植えさせるつもりで、人民たちを呼びましたが、誰一人やって来ませんでした。みんな、れいの商人の家《うち》の池を掘りに行っていました。冬が来て、タラス王は、新しい外套につける黒貂《くろてん》の皮が欲しくなったので、使《つかい》の者に買わせにやりました。すると使のものは帰って来て、言いました。
「黒貂の皮は一枚もございません。あの商人がすっかり高価《たかね》で買いしめてしまって、敷物をこさえてしまいました。」
 タラス王は今度は馬を買おうと思って、使をやりました。すると使の者が帰って来て言いました。
「あの商人が、残らず買ってしまいました。池に満たす水を運ばすためでございます。」
 タラス王のすることは、何もかも、すっかり止まってしまいました。人民たちは誰一人タラス王の仕事をしようとはしませんでした。毎日せっせと働いて、例の商人から貰った金を、王のところへ持って来て納めるだけでした。こうして、タラス王はしまい切れないほどの金を集めることは出来ましたが、その暮しといったら、それはみじめになりました。王はもういろんなくわだてをやめて、ただ生きて行けるだけでがまんするようになりましたが、やがてそれも出来なくなりました。すべてに不自由しました。料理人も、馭者《ぎょしゃ》も、召使も、家来も、一人々々王を置き去りにして、れいの商人のところへ行ってしまいました。まもなく食物《たべもの》にもさしつかえるようになりました。市場へ人をやってみると、何も買うものがありませんでした。――つまり例の商人が何もかも買い占めてしまって、人民たちはただ税金だけ王のところへ納めに来るだけでした。
 タラス王は大へん腹を立てて、例の商人を国より外へ追い出してしまいました。ところが商人は、国ざかいのすぐ近くへ住まって、やはり前と同じようにやっています。人民たちは金欲しさに王をのけ者にしてしまって、何でもすべて商人のところへ持って行ってしまいました。
 タラスはいよいよ困ってしまいました。何日もの間、食べるものがありませんでした。そしてうわさに聞くと、例の商人は今度はタラス王を買うと言って、いばっていると言うことでした。タラス王はすっかり胆をつぶして、どうしてい
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