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夜が大鳥の翼のやうに市《いち》を掩《おほ》つてゐる。此二三日雪が降つてゐたので、地面の蒼ざめた顔が死人の顔のやうに、ドルフに見えた。丁度干潟を遠く出過ぎてゐた男が、潮の満ちて来るのを見て急いで岸の方へ走るやうに、ドルフは岸に沿うて足の力の及ぶ限り走つてゐる。それでも心臓の鼓動の早さには、足の運びがなか/\及ばない。遠い所の瓦斯《ガス》の街燈の並んでゐるのを霧に透して見れば、蝋燭を持つた葬の行列のやうである。どうしてさう思はれるのだか、ドルフ自身にも分からない。併しなんだかあの光の群の背後《うしろ》に「死」が覗つて居るやうで、ドルフはぞつとした。ふと気が附くと、忍びやかに、足音を立てぬやうに、自分の傍を通り過ぎる、ぎごちない、沈黙の人影がある。「あれは人の末期に暇乞をしに、呼ばれて往くのぢやあるまいか」と、ドルフは思つた。併し間もなく気が附いて思つた。此土地ではニコラウスの夜に、子供が小さい驢馬を拵へて、それに秣《まぐさ》だと云つて枯草や胡蘿蔔《にんじん》を添へて、炉の下に置くことになつてゐる。金のある家では、その枯草や胡蘿蔔の代りに、人形や、口で吹くハル
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