ったが落選したと聞いた。〈春山霞壮夫〉と題した作は古事記か何かにある神話で、珍しく時代物だった。確か私の〈人形遣い〉を出した年で、両方共銀賞だった様に覚えている。
その頃奈良に工藤精華という八十幾歳かのお爺さんで写真を写す一風変った人があって、まだ御維新で充分に整理のついていない社寺の仏像や絵巻などをうんと撮影していた。お婆さんと二人きりで粗末な家に棲んでいてお酒が好きでいつもお酒ばかり飲んでる様な人だったが、二階に上ると写真の種板を一杯もっていた。それが皆、それこそ後には国宝になったりした様な仏像や絵巻の写真だった。そこに土田さんは通って〈散華〉の材料を手に入れたという事だった。
土田さんは昔から写生を重んじていられた人だった。舞妓でも大原女でも充分に写生に写生を重ねられた。そして絵に仕上がったのを見ると写生の儘でなしに、皆土田さんらしいよさにされていた。そこに土田さんの芸術があるという気がする。
[#地付き](昭和十一年)
底本:「青帛の仙女」同朋舎出版
1996(平成8)年4月5日第1版第1刷発行
初出:「塔影」
1936(昭和11)年7月号
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、「〈」(始め山括弧、1−50)と「〉」(終わり山括弧、1−51)に代えて入力しました。
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2009年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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