私は、あまりモデル等は使わない方で、大抵鏡を三枚仕立てまして、娘なら娘の着付を致し、色々の姿勢を自分で致しまして写しとり、ある時は左手で写すなど色々苦心致しまするが、自分自身でございまするから、誰に遠慮気兼ねもなく、得心の行くまでやれます。〈姉妹三人〉もこうして描いたものの一つで、出来上がった時、何となく嬉しゅうございました。
 私が初めて東京へ行きましたのは、三十二か三の時分で、平和博覧会に、鏑木清方さんが〈嫁ぐ日〉を描かれたのを拝見する為に上京したのが初めてでございます。近頃でも、静かな夜など、ふっと思いますが、その時分の気持ちと、今も、ちっとも変わってないなと思う事があります。もっと前、私が五つか六つの頃、お祭りで親類の家へよばれて遊びに行きました。その町内に絵草子屋があって、欲しくてなりませんが、親類の家なので子供心に買って呉れとも言えず、もじもじしてたところへ丁度家から丁稚が使いに来ましたので、私はその丁稚に、半紙に波の模様のある文久銭を六つならべて描き、「これだけもろうてきて」と母にことづけてやりました。これを見て母が大笑いをしたということですが、口で言えない事を絵にしたものでございましょう。今もってこの話を思い出すとひとりで笑います。
[#地付き](昭和十六年)



底本:「青帛の仙女」同朋舎出版
   1996(平成8)年4月5日第1版第1刷発行
初出:「美之國」
   1941(昭和16)年7月号
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、「〈」(始め山括弧、1−50)と「〉」(終わり山括弧、1−51)に代えて入力しました。
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2009年6月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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