なもんやよって、みんなにもみせておやり」
私は母にそう言われて、家の者を集めて覗かせるやら、近所の人たちを集めて、
「何さま不思議なもんや」
そう言って覗かせた。
みんなが見てしまったので私は米粒と豆を紙につつんで、
「ありがとうさんでした。よう見せておくれやした。今日はおかげ様で、ええ目の保養が出来ました」
そうお礼を言って返すと、件の男も、
「よう見て下さいました。父もこのことをきいたら悦ぶでしょう」
そう言ってから、また曰く、
「父の苦心の技をほめて貰って、子として大へん嬉しい。ついてはこの米粒と豆を見ていただいた記念に――先生なにか一つ描いて下さいませんか。父も悦ぶでしょう」
とり出したのが大型の画帳であった。
私は、
「やられた」
と思った。まんまと一杯ひっかかったと思ったが、米粒と豆の技が美事だったのと、父のことを言って嬉しがらせようというその心根に好意がもてたので、その場で――ちょうど秋だったので、一、二枚の紅葉をその画帳にかいてあげた。
件の男は大いに悦んで帰って行ったが、あとで母は私に言ったことである。
「米粒や豆にあれだけ書く、あの人のお父さんも大した腕やが、あれを材料にし、あんたから絵をとってゆく、あの息子さんの腕も大したもんやな」
私は、お米をみるたび、あのときのことを憶い出して苦笑するとともに――お米や豆にあのようなものを書いて、うまい商売をする人の精神を淋しくも思うのである。
底本:「青眉抄・青眉抄拾遺」講談社
1976(昭和51)年11月10日初版発行
1977(昭和52)年5月31日第2刷
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2008年3月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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