を縮図にとらしてもらった。昼では先生のお制作の邪魔になるし、夜はおそくなると家の方に迷惑をかけるので、先生にお許しを得て朝早く行って写させていただくことにした。書生や女中さんのまだ起きない前、うす暗いうちから先生の画室へ行って縮図をしては、よく書生や女中さんたちをびっくりさせたものである。
京都の博物館へ元旦の朝から乗り込んで一日中縮図していて係員を驚かせたりしたこともなつかしい。
縮図する私には盆も正月もなかった。
かく精根を注ぎ込んで蒐めたものであるだけに、縮図帖は私の生命から二番目――あるいは生命にも等しく大切なものとなっている。
先日も家の前の通りから出火して、画室の障子が真赤になり、火の粉が屋根の上へぱらぱらと降りかかって来た。風向きも怪しかったし、
「こりゃ駄目かな」と思った。
そのとき永年住みなれた画室の焼けるのは仕方のないことで不運と諦めるが、さて気になるのはこの縮図帖であった。
私は何よりもまず縮図帖を全部一まとめにして風呂敷に包んだ。それを携えて逃げ出そうと思案しながら火事のなりゆきを見ていると、幸いにも風の方角が変って三軒ほど焼けたが私の家まで火の手はのびて来ないですんだ。私はやっと愁眉をひらいて風呂敷づつみを下に置いた。
縮図帖の束は風呂敷につつまれたまま一週間ほど部屋の一隅を占めていた。
底本:「青眉抄・青眉抄拾遺」講談社
1976(昭和51)年11月10日初版発行
1977(昭和52)年5月31日第2刷
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2008年3月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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