れは物の簡単さを押詰めて押詰めて行ける所まで押詰めて簡単にしたものですが、それでいて立派に物そのものを活かして、ちゃんと要領を得させています。
 ここにも至れり尽くされた馴致と洗練とがあらわれていると思います。

 能楽は大まかですが、またこれほど微細に入ったものはないと思います。
 つまり、道具の調子と同じ似通ったものがあって、大まかに説明していて心持ちはこまやかに表現されています。
 ですから能楽には無駄というものがありません。無駄がないのですから、緩やかなうちにキッ[#「キッ」に傍点]とした緊張があるのでしょう。
 能楽ほど沈んだ光沢のある芸術は他に沢山ないと思います。

 能楽における、この簡潔化された美こそ、画における押詰めた簡潔美の線と合致するものであると思います。

 簡潔の美は、能楽、絵画の世界だけでなく、あらゆる芸術の世界――否、わたくしたちの日常生活の上にも、実に尊い美の姿ではなかろうかと思います。

        泥眼

 謡曲「葵の上」からヒントを得て、生霊のすがたを描いた「焔」を制作したときのことである。
 題名その他のことで金剛巌先生のところへ相談にまいっ
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