よき兄よ。
 よき友よ。
 よき兄嫁よ。
 姉よ。
 妻よ。
 医師よ。

 亡父も照覧。

「うちへかえりたいのです。」

 柿一本の、生れ在所《ざいしょ》や、さだ九郎。

 笑われて、笑われて、つよくなる。

十一日。
 無才、醜貌《しゅうぼう》の確然たる自覚こそ、むっと図太い男を創る。たまもの也。(家兄ひとり、面会、対談一時間。)

十二日。
 試案下書。
一、昭和十一年十月十三日より、ひとつき間、東京市板橋区M脳病院に在院。パヴィナアル中毒全治。以後は、
一、十一年十一月より十二年(二十九歳)六月末までサナトリアム生活。(病院撰定は、S先生、K様、一任。)
一、十二年七月より十三年(三十歳)十月末まで、東京より四、五時間以上かかって行き得る(来客すくなかるべき)保養地に、二十円内外の家借りて静養。(K氏、ちくらの別荘貸して下さる由、借りて住みたく思いましたが、けれども、この場所撰定も、皆様一任。)
 右の如く満一箇年、きびしき摂生、左肺全快、大丈夫と、しんから自信つきしのち、東京近郊に定住。(やはり創作。厳酷の精進。)
 なお、静養中の仕事は、読書と、原稿一日せいぜい二枚、限度。
[#ここから2字下げ、折り返して4字下げ]
一、「朝の歌留多《かるた》。」
  (昭和いろは歌留多。「日本イソップ集」の様な小説。)
一、「猶太《ゆだ》の王。」
  (キリスト伝。)
[#ここで字下げ終わり]
 右の二作、プランまとまっていますから、ゆっくり書いてゆくつもりです。他の雑文は、たいてい断るつもりです。
 その他、来春、長編小説三部曲、「虚構の彷徨。」S氏の序文、I氏の装幀にて、出版。(試案は、所詮、笹の葉の霜。)

 この日、午後一時半、退院。

[#ここから4字下げ、ゴシック体]
汝《なんじ》らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。天にいます汝らの父の子とならん為なり。天の父はその陽を悪しき者のうえにも、善き者のうえにも昇らせ、雨を正しき者にも、正しからぬ者にも降らせ給うなり。なんじら己を愛する者を愛すとも何の報をか得べき、取税人も然《しか》するにあらずや。兄弟にのみ挨拶すとも何の勝ることかある、異邦人も然するにあらずや。然らば汝らの天の父の全きが如く、汝らもまた、全かれ。
[#ここで字下げ終わり]
 
 
 
底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年9月27日第1刷発行
親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
入力:柴田卓治
校正:小林繁雄
1999年8月30日公開
2004年3月4日修正
青空文庫作成ファイル:
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