あれば、それだけ高く昇騰すると信ずることは、凧《たこ》のあがるのを阻むのは、その糸だと信ずることであります。カントの鳩は、自分の翼を束縛する此《こ》の空気が無かったならば、もっとよく飛べるだろうと思うのですが、これは、自分が飛ぶためには、翼の重さを托《たく》し得る此の空気の抵抗が必要だということを識《し》らぬのです。同様にして、芸術が上昇せんが為には、矢張り或る抵抗のお蔭《かげ》に頼ることが出来なければなりません。」なんだか、子供だましみたいな論法で、少し結論が早過ぎ、押しつけがましくなったようだ。
けれども、も少し我慢して彼のお話に耳を傾けてみよう。ジイドの芸術評論は、いいのだよ。やはり世界有数であると私は思っている。小説は、少し下手だね。意あまって、絃響かずだ。彼は、続けて言う。
「大芸術家とは、束縛に鼓舞され、障害が踏切台となる者であります。伝える所では、ミケランジェロがモオゼの窮屈な姿を考え出したのは、大理石が不足したお蔭だと言います。アイスキュロスは、舞台上で同時に用い得る声の数が限られている事に依て、そこで止むなく、コオカサスに鎖《つな》ぐプロメトイスの沈黙を発明し得たの
前へ
次へ
全5ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング