玩具の汽車、蚊帳《かや》、ペンキ絵、碁石、鉋《かんな》、子供の産衣《うぶぎ》まで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。集る者は大抵四十から五十、六十の相当年輩の男ばかりで、いずれは道楽の果、五合の濁酒が欲しくて、取縋《とりすが》る女房子供を蹴飛ばし張りとばし、家中の最後の一物まで持ち込んで来たという感じでありました。或いは又、孫のハアモニカを、爺《じい》に借せと騙《だま》して取上げ、こっそり裏口から抜け出し、あたふた此所《ここ》へやって来たというような感じでありました。珠数《じゅず》を二銭に売り払った老爺《ろうや》もありました。わけてもひどいのは、半分ほどきかけの、女の汚れた袷《あわせ》をそのまま丸めて懐へつっこんで来た頭の禿《は》げた上品な顔の御隠居でした。殆《ほと》んど破れかぶれに其の布を、(もはや着物ではありません。)拡げて、さあ、なんぼだ、なんぼだと自嘲の笑を浮べながら値を張らせて居ました。頽廃《たいはい》の町なのであります。町へ出て飲み屋へ行っても、昔の、宿場のときのままに、軒の低い、油障子を張った汚い家でお酒を頼むと、必ずそこの老主人が自らお燗《かん》をつけるのです。五十年間お客にお燗をつけてやったと自慢して居ました。酒がうまいもまずいも、すべてお燗のつけよう一つだと意気込んで居ました。としよりがその始末なので、若い者は尚《なお》の事、遊び馴れて華奢《きゃしゃ》な身体をして居ます。毎日朝から、いろいろ大小の与太者が佐吉さんの家に集ります。佐吉さんは、そんなに見掛けは頑丈でありませんが、それでも喧嘩《けんか》が強いのでしょうか、みんな佐吉さんに心服しているようでした。私が二階で小説を書いて居ると、下のお店で朝からみんながわあわあ騒いでいて、佐吉さんは一際高い声で、
「なにせ、二階の客人はすごいのだ。東京の銀座を歩いたって、あれ位の男っぷりは、まず無いね。喧嘩もやけに強くて、牢に入ったこともあるんだよ。唐手《からて》を知って居るんだ。見ろ、この柱を。へこんで居るずら。これは、二階の客人がちょいとぶん殴って見せた跡だよ。」と、とんでも無い嘘を言って居ます。私は、頗《すこぶ》る落ちつきません。二階から降りて行って梯子段《はしごだん》の上り口から小声で佐吉さんを呼び、
「あんな出鱈目《でたらめ》を言ってはいけないよ。僕が顔を出されなくなるじ
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