杯した。
「先生、相変らずですねえ。」
「相変らずさ。そんなにちょいちょい変ってはたまらない。」
「しかし、僕は変りましたよ。」
「生活の自信か。その話は、もうたくさんだ。ノオと言えばいいんだろう?」
「いいえ、先生。抽象論じゃ無いんです。女ですよ。先生、飲もう。僕は、ノオと言うのに骨を折った。先生だって悪いんだ。ちっとも頼りになりやしない。菊屋のね、あの娘が、あれから、ひどい事になってしまったのです。いったい、先生が悪いんだ。」
「菊屋? しかし、あれは、あれっきりという事に、……」
「それがそういかないんですよ。僕は、ノオと言うのに苦労した。実際、僕は人が変りましたよ。先生、僕たちはたしかに間違っていたのです。」
 意外な苦しい話になった。

        二

 菊屋というのは、高円寺の、以前僕がよく君たちと一緒に飲みに行っていたおでんやの名前だった。その頃から既に、日本では酒が足りなくなっていて、僕が君たちと飲んで文学を談ずるのに甚《はなは》だ不自由を感じはじめていた。あの頃、僕の三鷹《みたか》の小さい家に、実にたくさんの大学生が遊びに来ていた。僕は自分の悲しみや怒りや恥を、
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