な顔をして二階から降りて来た。悪党のような顔をしている。
「用事ってのは、酒だろう。」と言う。
 僕はたじろいだが、しかし、気を取り直し、
「うん、飲ませてくれるなら、いつだって飲むがね。しかし、ちょっとおじさん、話があるんだ。店のほうへ来ないか?」
 僕は薄暗い店のほうにおじさんをおびき寄せた。
 あれは昭和十六年の暮であったか、昭和十七年の正月であったか、とにかく、冬であったのはたしかで、僕は店のこわれかかった椅子《いす》に腰をおろし、トンビの袖《そで》をはねてテーブルに頬杖《ほおづえ》をつき、
「まあ、あなたもお坐り。悪い話じゃない。」
 おじさんは、渋々、僕と向い合った椅子に腰をおろして、
「結局は、酒さ。」とぶあいそな顔で言った。
 僕は、見破られたかと、ぎょっとしたが、ごまかし笑いをして、
「信用が無いようだね。それじゃ、よそうかな。マサちゃん(娘の名)の縁談なんだけどね。」
「だめ、だめ。そんな手にゃ乗らん。何のかのと言って、それから、酒さ。」
 実に、手剛《てごわ》い。僕たちの悪計もまさに水泡《すいほう》に帰《き》するかの如《ごと》くに見えた。
「そんなにはっきり言うな
前へ 次へ
全23ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング