スを書きあげた。「君のビュビュに就いての記事、僕はずいぶんうれしかった。けれども君は、僕の強さを忘れて居る。僕は執拗《しつよう》な抵抗力と、勇気とを持っている。僕たちの仲で、おそらくは、いちばん強い男だ。友人たちも、みんなそういう。僕には、猛烈な意志さえあるのだよ。」「僕、ドストエフスキイよりはニイチェに近いかも知れん。」「僕は、二十八歳にして、すでに僕の半面を切った。もう半面のあることを忘れるな。僕がいま、はっきりさせた半面は、僕の意欲したところのもの。僕みずから動かした僕の発条《ばね》。これこそ勇気であり、力であると御記憶ありたい。」「なんのことはない、僕は市井《しせい》の正義派であった。」白面の文学青年、アンドレ・ジッドに与う。「早く男らしくなってくれ。立場をどっちかに、はっきりと、きめてくれ。」
アンドレ・ジッドは演説した。「淑女、ならびに、紳士諸君。シャルル・ルイ・フィリップは、絶倫の力と、未来とを約束しながら、昨年十二月、三十四歳で、この世に、いなくなったのです。」
かれこそ、厳粛なる半面の大文豪。世をのがれ、ひっそり暮した風流隠士のたぐいではなかった。三十四歳で死したるかれには、大作家五十歳六十歳のあの傍若無人のマンネリズムの堆積が、無かったので、人は、かれの、ユーゴー、バルザックにも劣らぬ巨匠たる貫禄《かんろく》を見失い、或る勇猛果敢の日本の男は、かれをカナリヤとさえ呼んでいた。
淀野隆三訳、「小さき町にて。」の出版を、よろこぶの心のあまり、ひどく、不要の出しゃばりをしたようである。許したまえ。悪い心で、したことではなかったのだから。許さぬと言われるなら、それに就いて、他日また、はっきり申しひらきいたします。
或るひとりの男の精進について
「私は真実のみを、血まなこで、追いかけました。私は、いま真実に追いつきました。私は追い越しました。そうして、私はまだ走っています。真実は、いま、私の背後を走っているようです。笑い話にもなりません。」
生きて行く力
いやになってしまった活動写真を、おしまいまで、見ている勇気。
わが唯一のおののき
考えてみると、私たちはこうして文章が書けることだけでも、まだしも仕合せであった。まかり間違って――
マンネリズム
私は、叡智《えいち》のむなしさに就いて語った。言いかえれば、作家が、このような感想を書きつづることのナンセンスに触れた。「もの思う葦《あし》。」と言い、「碧眼托鉢。」と言うも、これは、遁走《とんそう》の一方便にすぎないのであって、作家たる男が、毎月、毎月、このような断片の言葉を吐き、吐きためているというのは、ほめるべきことでない。
「言い得て、妙である。」
「かれは、勉強している。」
「なるほど、くるしんでいる。」
「狂的なひらめき。」
「切れる。」
「痛いことを言う。」
以上の讃辞は、それぞれそのひとにお返ししたいのである。だいたい身の毛のよだつ言葉である。
私は、生れつき、にぎやかなことを好む男だから、いままで、毎月、毎月、むりをしてまで五六枚ずつ、謂《い》わば感想断片を書き、この雑誌に載せて来た。しかるに、世の中には羞恥心の全く欠けた雨蛙《あまがえる》のような男がたくさんいて、(これは、私にとってあたらしい発見であった。)ちかごろ、「狂的なひらめき。」を見せたる感想断片が、私の身のまわりにも二三ちらばり乱れて咲くようになった。あたかもそれが、すぐれたる作家のひとつの条件ででもあるかのように。
はっきり言えることがらを、どんなにはっきり言っても、言いすぎることはないのであるから、べつに「狂的なひらめき。」を見せて呉れなくても、さしつかえないわけだ。若し、これが、私の「もの思う葦。」の蒔《ま》いた種だとしたなら、私は、にがく笑いながら、これを刈らなければならない。それは、まさしく、よくないことだからである。白い花も、赤い花も、青い花も、いかなる花ひとつ咲かぬ哀しい雑草にちがいないのだ。
私は、誰かと、結託してこの一文を草しているのではない。私はいつでも独《ひと》りでいる。そうして、独りで居るときの私の姿が、いちばん美しいのだと信じている。
「私は、すべて、ものごとを知っています。」と言いたげな、叡智の誇りに満ち満ちた馬面《うまづら》に、私は話しかける。「そうして、君は、何をしたのです。」
作家は小説を書かなければいけない
そのとおりである。そう思ったら、それを実際に行うべきである。聖書を読んだからといって、べつだん、その研究発表をせずともよい。きょうのことは今日、あすのことは明日。そのとおり行うべきである。わかっただけでは、なんにもならない。もうみんなが、わかってしまっているのだ。
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