として、いいところが無い。どう考えても、絹ものをぞろりと着流し、フェルト草履、ステッキ、おまけに白足袋という、あの恰好は私には出来そうもないのである。貧乏性という奴かも知れない。ついでだから言うが、私は学校をやめてから七、八年間、洋服というものを着た事がない。洋服をきらいなのではなく、いや、きらいどころか、さぞ便利で軽快なものだろうと、いつもあこがれてさえいるのであるが、私には一着も無いから着ないのである。洋服は、故郷の母も送って寄こさない。また私は、五尺六寸五分であるから、出来合いの洋服では、だめなのである。新調するとなると、同時に靴もシャツもその他いろいろの附属品が必要らしいから百円以上は、どうしてもかかるだろうと思われる。私は、衣食住に於いては吝嗇なので、百円以上も投じて洋装を整えるくらいなら、いっそわが身を断崖から怒濤《どとう》めがけて投じたほうが、ましなような気がするのである。いちど、N氏の出版記念会の時、その時には、私には着ている丹前の他には、一枚の着物も無かったので、友人のY君から洋服、シャツ、ネクタイ、靴、靴下など全部を借りて身体に纏《まと》い、卑屈に笑いながら出席した
前へ
次へ
全26ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング