でれ甘えて恐悦《きょうえつ》がっているような詩人を、自分は、底知れぬほど軽蔑しています。卑怯であると思う。横着であると思う。作品に依らずに、その人物に依ってひとに尊敬せられ愛されようとさまざまに心をくだいて工夫している作家は古来たくさんあったようだが、例外なく狡猾《こうかつ》な、なまけものであります。極端な、ヒステリックな虚栄家であります。作品を発表するという事は、恥を掻く事であります。神に告白する事であります。そうして、もっと重大なことは、その告白に依って神からゆるされるのでは無くて、神の罰を受ける事であります。自分には、いつも作品だけが問題です。作家の人間的魅力などというものは、てんで信じて居りません。人間は、誰でも、くだらなくて卑しいものだと思っています。作品だけが救いであります。仕事をするより他はありません。君の手紙を読むと、君は此頃《このごろ》ひどく堕落しているという事が、はっきりわかります。いい加減であります。君はまさしく安易な逃げ路《みち》を捜してちょろちょろ走り廻っている鼬《いたち》のようです。実に醜い。君は作品の誠実を、人間の誠実と置き換えようとしています。作家で無くともいいから、誠実な人間でありたい。これはたいへん立派な言葉のように聞えますが、実は狡猾な醜悪な打算に満ち満ちている遁辞《とんじ》です。君はいったい、いまさら自分が誠実な人間になれると思っているのですか。誠実な人間とは、どんな人間だか知って「ますか。おのれを愛するが如く他の者を愛する事の出来る人だけが誠実なのです。君には、それが出来ますか。いい加減の事は言わないでもらいたい。君は、いつも自分の事ばかりを考えています。自分と、それから家族の者、せいぜい周囲の、自分に利益を齎《もた》らすような具合いのよい二、三の人を愛しているだけじゃないか。もっと言おうか。君は泣きべそを掻《か》くぜ。「汝ら、見られんために己《おの》が義を人の前にて行わぬように心せよ。」どうですか。よく考えてもらいたい。出来ますか。せめて[#「せめて」に傍点]誠実な人間でだけ[#「だけ」に傍点]ありたい等と、それが最低のつつましい、あきらめ切った願いのように安易に言っている恐ろしい女流作家なんかもあったようですが、何が「せめて」だ。それこそ大天才でなければ到達出来ないほどの至難の事業じゃないか。自分はどうしても誠実な人間に
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