は憂鬱《ゆううつ》であった。気がすすまないのだ。
「アパートに行けば、すばらしいプレイがあるのですか?」
 くすと笑って、
「何もありやしませんわ。作家って、案外、現実家なのねえ。」
「そりゃ、……」
 と私は、言いかけて口を噤《つぐ》んだ。
 いた! いたのだ。半病人の家の者が、白いガーゼのマスクを掛けて、下の男の子を背負い、寒風に吹きさらされて、お米の配給の列の中に立っていたのだ。家の者は、私に気づかぬ振りをしていたが、その傍に立っている上の女の子は、私を見つけた。女の子は、母の真似《まね》をして、小さい白いガーゼのマスクをして、そうして白昼、酔ってへんなおばさんと歩いている父のほうへ走って来そうな気配を示し、父は息《いき》の根のとまる思いをしたが、母は何気無さそうに、女の子の顔を母のねんねこの袖《そで》で覆《おお》いかくした。
「お嬢さんじゃありません?」
「冗談じゃない。」
 笑おうとしたが、口がゆがんだだけだった。
「でも、感じがどこやら、……」
「からかっちゃいけない。」
 私たちは、配給所の前を通り過ぎた。
「アパートは? 遠いんですか?」
「いいえ、すぐそこよ。いらして
前へ 次へ
全17ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング