石榴《ざくろ》の木が在り、かっと赤い花が、満開であった。甲府には石榴の樹が非常に多い。
 浴場は、つい最近新築されたものらしく、よごれが無く、純白のタイルが張られて明るく、日光が充満していて、清楚《せいそ》の感じである。湯槽《ゆぶね》は割に小さく、三坪くらいのものである。浴客が、五人いた。私は湯槽にからだを滑り込ませて、ぬるいのに驚いた。水とそんなにちがわない感じがした。しゃがんで、顎《あご》までからだを沈めて、身動きもできない。寒いのである。ちょっと肩を出すと、ひやと寒い。だまって、死んだようにして、しゃがんでいなければならぬ。とんでもないことになったと私は心細かった。家内は、落ちついてじっとしゃがみ、悟ったような顔して眼をつぶっている。
「ひでえな。身動きもできやしない。」私は小声でぶつぶつ言った。
「でも、」家内は平気で、「三十分くらいこうしていると、汗がたらたら出てまいります。だんだん効いて来るのです。」
「そうかね。」私は、観念した。
 けれども、まさか家内のように悟りすまして眼をつぶっていることもできず、膝小僧だいてしゃがんだまま、きょろきょろあたりを見廻した。二組の家族が
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