取り囲んでいて、私は、いままでの世間から遠く離れて、物の音さえ私には幽《かす》かにしか聞えない、うっとうしい、地の底の時々刻々が、そのときから、はじまったのでした。しばらく、鏡の中の裸身を見つめているうちに、ぽつり、ぽつり、雨の降りはじめのように、あちら、こちらに、赤い小粒があらわれて、頸《くび》のまわり、胸から、腹から、背中のほうにまで、まわっている様子なので、合せ鏡して背中を写してみると、白い背中のスロオプに赤い霰《あられ》をちらしたように一ぱい吹き出ていましたので、私は、顔を覆ってしまいました。
「こんなものが、できて。」私は、あの人に見せました。六月のはじめのことで、ございます。あの人は、半袖のワイシャツに、短いパンツはいて、もう今日の仕事も、一とおりすんだ様子で、仕事机のまえにぼんやり坐って煙草を吸っていましたが、立って来て、私にあちこち向かせて、眉をひそめ、つくづく見て、ところどころ指で押してみて、
「痒くないか。」と聞きました。私は、痒くない、と答えました。ちっとも、なんとも無いのです。あの人は、首をかしげて、それから私を縁側の、かっと西日の当る箇所に立たせ、裸身の私をく
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