です。」
「どんな悪いことを。」僕は金銭のことを考えていた。
「それがつまらないことなのですの。ちっともなんともないことなのです。それでも悪いことですって。あのひと、ものの善し悪しがわからないのでございますのよ。」
「そうだ。そうです。善いことと悪いことがさかさまなのです。」
「いいえ。」顎《あご》をショオルに深く埋めてかすかに頸《くび》をふった。「はっきりさかさまなら、まだいいのでございます。目茶目茶なんですのよ、それが。だから心細いの。逃げられますわよ、あれじゃ。あのひと、それはごきげんを取るのですけれど。私のあとに二人も来ていましたそうですね。」
「ええ。」僕はあまり話を聞いていなかった。
「季節ごとに変えるようなものだわ。真似しましたでしょう?」
「なんです。」すぐには呑みこめなかった。
「真似をしますのよ、あのひと。あのひとに意見なんてあるものか。みんな女からの影響よ。文学少女のときには文学。下町のひとのときには小粋《こいき》に。わかってるわ。」
「まさか。そんなチエホフみたいな。」
そう言って笑ってやったが、やはり胸がつまって来た。いまここに青扇がいるなら彼のあの細い肩を
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