、しかも畳のうえには淡緑色の絨氈《じゅうたん》が敷かれていた。部屋のおもむきが一変していたのである。青扇は僕をソファに坐らせた。
庭の百日紅《さるすべり》は、そろそろ猩々緋《しょうじょうひ》の花をひらきかけていた。
「いつも、ほんとうに相すみません。こんどは大丈夫ですよ。しごとが見つかりました。おい、ていちゃん。」青扇は僕とならんでソファに腰をおろしてから、隣りの部屋へ声をかけたのである。
水兵服を着た小柄な女が、四畳半のほうから、ぴょこんと出て来た。丸顔の健康そうな頬をした少女であった。眼もおそれを知らぬようにきょとんと澄んでいた。
「おおやさんだよ。ご挨拶をおし。うちの女です。」
僕はおやおやと思った。先刻の青扇の恥らいをふくんだ微笑《ほほえ》みの意味がとけたのであった。
「どんなお仕事でしょう。」
その少女がまた隣りの部屋にひっこんでから、僕は、ことさらに生野暮をよそって仕事のことをたずねてやった。きょうばかりは化かされまいぞと用心をしていたのである。
「小説です。」
「え?」
「いいえ。むかしから私は、文学を勉強していたのですよ。ようやくこのごろ芽が出たのです。実話を書
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