床をそそくさと取りかたづけていた。ほのぐらい電燈の下の青扇の顔は、おやと思ったほど老けて見えた。
「もうおやすみですか。」
「え。いいえ。かまいません。一日いっぱい寝ているのです。ほんとうに。こうして寝ているといちばん金がかからないものですから。」そんなことを言い言い、どうやら部屋をかたづけてしまったらしく、走るようにして玄関へ出て来た。「どうも、しばらくです。」
僕の顔をろくろく見もせず、すぐうつむいてしまった。
「屋賃は当分だめですよ。」だしぬけに言ったのである。
僕は流石《さすが》にむっとした。わざと返事をしなかった。
「マダムが逃げました。」玄関の障子《しょうじ》によりそってしずかにしゃがみこんだ。電燈のあかりを背面から受けているので青扇の顔はただまっくろに見えるのである。
「どうしてです。」僕はどきっとしたのだ。
「きらわれましたよ。ほかに男ができたのでしょう。そんな女なのです。」いつもに似ず言葉の調子がはきはきしていた。
「いつごろです。」僕は玄関の式台に腰をおろした。
「さあ、先月の中旬ごろだったでしょうか。あがらない?」
「いいえ。きょうは他に用事もあるし。」僕には
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