ある。
「あなたは、さっき職業がないようなことをおっしゃったけれど、それでは何か研究でもしておられるのですか?」
「研究?」青扇はいたずら児のように、首をすくめて大きい眼をくるっとまわしてみせた。「なにを研究するの? 私は研究がきらいです。よい加減なひとり合点の註釈をつけることでしょう? いやですよ。私は創るのだ。」
「なにをつくるのです。発明かしら?」
 青扇はくつくつと笑いだした。黄色いジャケツを脱いでワイシャツ一枚になり、
「これは面白くなったですねえ。そうですよ。発明ですよ。無線電燈の発明だよ。世界じゅうに一本も電柱がなくなるというのはどんなにさばさばしたことでしょうね。だいいち、あなた、ちゃんばら活動のロケエションが大助かりです。私は役者ですよ。」
 マダムは眼をふたつ乍《なが》ら煙ったそうに細めて、青扇のでらでら油光りしだした顔をぼんやり見あげた。
「だめでございますよ。酔っぱらったのですの。いつもこんな出鱈目《でたらめ》ばかり申して、こまってしまいます。お気になさらぬように。」
「なにが出鱈目だ。うるさい。おおやさん、私はほんとに発明家ですよ。どうすれば人間、有名になれる
前へ 次へ
全61ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング