」
また五円の切手が気になりだしたのである。きっとよくない仕掛けがあるにちがいないと考えた。
「そうなんです。」杯をふくみながら、まだにやにや笑っていた。「けれども御心配は要りませんよ。」
「いいえ。」なるたけよそよそしくしてやるように努めたのである。「僕は、はっきり言いますけれど、この五円の切手がだいいちに気がかりなのです。」
マダムが僕にお酌をしながら口を出した。
「ほんとうに。」ふくらんでいる小さい手で襟元《えりもと》を直してから微笑んだ。「木下がいけないのですの。こんどの大家さんは、わかくて善良らしいとか、そんな失礼なことを言いまして、あの、むりにあんなおかしげな切手を作らせましたのでございますの。ほんとうに。」
「そうですか。」僕は思わず笑いかけた。「そうですか。僕もおどろいたのです。敷金の、」滑らせかけて口を噤《つぐ》んだ。
「そうですか。」青扇が僕の口真似をした。「わかりました。あした持ってあがりましょうね。銀行がやすみなのです。」
そう言われてみるときょうは日曜であった。僕たちはわけもなく声を合せて笑いこけた。
僕は学生時代から天才という言葉が好きであった。ロン
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