彼は昔の彼ならず
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)其処《そこ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)赤い西洋|甍《がわら》は、
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君にこの生活を教えよう。知りたいとならば、僕の家のものほし場まで来るとよい。其処《そこ》でこっそり教えてあげよう。
僕の家のものほし場は、よく眺望《ちょうぼう》がきくと思わないか。郊外の空気は、深くて、しかも軽いだろう? 人家もまばらである。気をつけ給え。君の足もとの板は、腐りかけているようだ。もっとこっちへ来るとよい。春の風だ。こんな工合いに、耳朶《みみたぶ》をちょろちょろとくすぐりながら通るのは、南風の特徴である。
見渡したところ、郊外の家の屋根屋根は、不揃いだと思わないか。君はきっと、銀座か新宿のデパアトの屋上庭園の木柵によりかかり、頬杖ついて、巷《ちまた》の百万の屋根屋根をぼんやり見おろしたことがあるにちがいない。巷の百万の屋根屋根は、皆々、同じ大きさで同じ形で同じ色あいで、ひしめき合いながらかぶさりかさなり、はては黴菌《ばいきん》と車塵《しゃじん》とでうす赤くにごらされた巷の霞《か
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