ある。
「あなたは、さっき職業がないようなことをおっしゃったけれど、それでは何か研究でもしておられるのですか?」
「研究?」青扇はいたずら児のように、首をすくめて大きい眼をくるっとまわしてみせた。「なにを研究するの? 私は研究がきらいです。よい加減なひとり合点の註釈をつけることでしょう? いやですよ。私は創るのだ。」
「なにをつくるのです。発明かしら?」
青扇はくつくつと笑いだした。黄色いジャケツを脱いでワイシャツ一枚になり、
「これは面白くなったですねえ。そうですよ。発明ですよ。無線電燈の発明だよ。世界じゅうに一本も電柱がなくなるというのはどんなにさばさばしたことでしょうね。だいいち、あなた、ちゃんばら活動のロケエションが大助かりです。私は役者ですよ。」
マダムは眼をふたつ乍《なが》ら煙ったそうに細めて、青扇のでらでら油光りしだした顔をぼんやり見あげた。
「だめでございますよ。酔っぱらったのですの。いつもこんな出鱈目《でたらめ》ばかり申して、こまってしまいます。お気になさらぬように。」
「なにが出鱈目だ。うるさい。おおやさん、私はほんとに発明家ですよ。どうすれば人間、有名になれるか、これを発明したのです。それ、ごらん。膝《ひざ》を乗りだして来たじゃないか。これだ。いまのわかいひとたちは、みんなみんな有名病という奴にかかっているのです。少しやけくそな、しかも卑屈な有名病にね。君、いや、あなた、飛行家におなり。世界一周の早まわりのレコオド。どうかしら? 死ぬる覚悟で眼をつぶって、どこまでも西へ西へと飛ぶのだ。眼をあけたときには、群集の山さ。地球の寵児《ちょうじ》さ。たった三日の辛抱だ。どうかしら? やる気はないかな。意気地のない野郎だねえ。ほっほっほ。いや、失礼。それでなければ犯罪だ。なあに、うまくいきますよ。自分さえがっちりしてれあ、なんでもないんだ。人を殺すもよし、ものを盗むもよし、ただ少しおおがかりな犯罪ほどよいのですよ。大丈夫。見つかるものか。時効のかかったころ、堂々と名乗り出るのさ。あなた、もてますよ。けれどもこれは、飛行機の三日間にくらべると、十年間くらいの我慢だから、あなたがた近代人には鳥渡《ちょっと》ふむきですね。よし。それでは、ちょうどあなたにむくくらいのつつましい方法を教えましょう。君みたいな助平ったれの、小心ものの、薄志弱行の徒輩には、醜聞と
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