これは、まず自分の心意気を示し、この次からの馬鹿学者、馬鹿文豪に、いちいち妙なことを申上げるその前奏曲と思っていただく。
 私の小説の読者に言う、私のこんな軽挙をとがめるな。

       二

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 彼らは言ふのみにて行はぬなり。また重き荷を括《くく》りて人の肩にのせ、己は指にて之《これ》を動かさんともせず。凡《すべ》てその所作《しわざ》は人に見られん為にするなり、即ちその経札《きやうふだ》を幅ひろくし、衣《ころも》の総《ふさ》を大きくし、饗宴《ふるまひ》の上席、会堂の上座、市場にての敬礼、また人にラビと呼ばるることを好む。されど汝《なんぢ》らはラビの称《となへ》を受くな。また、導師の称を受くな。
 禍害《わざはひ》なるかな、偽善なる学者、なんぢらは人の前に天国を閉して、自ら入らず、入らんとする人の入るをも許さぬなり。盲目《めしひ》なる手引よ、汝らは蚋《ぶよ》を漉《こ》し出して駱駝《らくだ》を呑むなり。禍害なるかな、偽善なる学者、外は人に正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。禍害なるかな、偽善なる学者、汝らは預言者の墓をたて、義人の碑を飾りて言ふ、「我らもし先祖の時にありしならば、預言者の血を流すことに与《くみ》せざりしものを」と。かく汝らは預言者を殺しし者の子たるを自ら証《あかし》す。なんぢら己が先祖の桝目《ますめ》を充《みた》せ。蛇よ、蝮《まむし》の裔《すゑ》よ、なんぢら争《いか》でゲヘナの刑罰を避け得んや。
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 L君、わるいけれども、今月は、君にむかってものを言うようになりそうだ。君は、いま、学者なんだってね。ずいぶん勉強したんだろう。大学時代は、あまり「でき」なかったようだが、やはり、「努力」が、ものを言ったんだろうね。ところで、私は、こないだ君のエッセイみたいなものを、偶然の機会に拝見し、その勿体《もったい》ぶりに、甚《はなは》だおどろくと共に、君は外国文学者(この言葉も頗る奇妙なもので、外国人のライターかとも聞えるね)のくせに、バイブルというものを、まるでいい加減に読んでいるらしいのに、本当に、ひやりとした。古来、紅毛人の文学者で、バイブルに苦しめられなかったひとは、一人でもあったろうか。バイブルを主軸として回転している数万の星ではなかったのか。
 しかし、それは私の所謂あまい感じ方で、君たち
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