モームは、あれは少し宿酔させる作家で、ちょうど君の舌には手頃なのだろう。しかし、君のすぐ隣にいる太宰という作家のほうが、少くとも、あのおじいさんよりは粋《いき》なのだということくらいは、知っておいてもいいだろうネ。
何もわからないくせに、あれこれ尤《もっと》もらしいことを言うので、つい私もこんなことを書きたくなる。翻訳だけしていれあいいんだ。君の翻訳では、ずいぶん私もお蔭を蒙《こうむ》ったつもりなのだ。馬鹿なエッセイばかり書きやがって、この頃、君も、またあのイヒヒヒヒの先生も、あまり語学の勉強をしていないようじゃないか。語学の勉強を怠ったら、君たちは自滅だぜ。
分《ぶん》を知ることだよ。繰り返して言うが、君たちは、語学の教師に過ぎないのだ。所謂「思想家」にさえなれないのだ。啓蒙家? プッ! ヴォルテール、ルソオの受難を知るや。せいぜい親孝行するさ。
身を以てボオドレエルの憂鬱を、プルウストのアニュイを浴びて、あらわれるのは少くとも君たちの周囲からではあるまい。
(まったくそうだよ。太宰、大いにやれ。あの教授たちは、どだい生意気だよ。まだ手ぬるいくらいだ。おれもかねがね、癪《しゃく》にさわっていたのだ。)
背後でそんな声がする。私は、くるりと振向いてその男に答える。
「なにを言ってやがる。おまえよりは、それは、何としたって、あの先生たちは、すぐれているよ。おまえたちは、どだい『できない』じゃないか。『できない』やつは、これは論外。でも、のぞみとあらば、来月あたり、君たちに向って何か言ってあげてもかまわないが、君たちは、キタナクテね。なにせ、まったくの無学なんだから、『文学』でない部分に於いてひとつ撃つ。例えば、剣道の試合のとき、撃つところは、お面、お胴、お小手、ときまっている筈なのに、おまえたちは、試合《プレイ》も生活も一緒くたにして、道具はずれの二の腕や向う脛《ずね》を、力一杯にひっぱたく。それで勝ったと思っているのだから、キタナクテね。」
三
謀叛《むほん》という言葉がある。また、官軍、賊軍という言葉もある。外国には、それとぴったり合うような感じの言葉が、あまり使用せられていないように思われる。裏切り、クーデタ、そんな言葉が主として使用せられているように思われる。「ご謀叛でござる。ご謀叛でござる。」などと騒ぎまわるのは、日本の本能寺あ
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