の一つでしょう。しかも少しも報酬をあてにしていない奉仕でしょう。しかし、また、敵を愛すべし。僕は、僕を活気づける者を愛さずにはおられない。僕らの敵手は、いつも僕らを活気づけてくれますからね。飲みましょう。馬鹿者はね、ふざける事は真面目《まじめ》でないと信じているんです。また、洒落《しゃれ》は返答でないと思ってるらしい。そうして、いやに卒直なんて態度を要求する。しかし、卒直なんてものはね、他人にさながら神経のないもののように振舞う事です。他人の神経をみとめない。だからですね、余りに感受性の強い人間は、他人の苦痛がわかるので、容易に卒直になれない。卒直なんてのは、これは、暴力ですよ。だから僕は、老大家たちが好きになれないんだ。ただ、あいつらの腕力が、こわいだけだ。(狼《おおかみ》が羊を食うのはいけない。あれは不道徳だ。じつに不愉快だ。おれが[#「おれが」に傍点]その羊を食うべきものなのだから。)なんて乱暴な事を平然と言い出しそうな感じの人たちばかりだ。どだい、勘がいいなんて、あてになるものじゃない。智慧《ちえ》を伴わない直覚は、アクシデントに過ぎない。まぐれ当りさ。飲みましょう、乾杯。談じ合いましょう。我らの真の敵は無言だ。どうも、言えば言うほど不安になって来る。誰かが袖《そで》をひいている。そっと、うしろを振りかえってみたい気持。だめなんだなあ、やっぱり、僕は。最も偉大な人物はね、自分の判断を思い切り信頼し得た人々です、最も馬鹿な奴も、また同じですがね。でも、もう、よしましょうか、悪口は。どうも、われながら、あまり上品でない。もともと、この悪口というものには、大向う相手のケチな根性がふくまれているものですからね。飲みましょう、文学を談じましょう。文学論は、面白いものですね。ああ、新人と逢えば新人、老大家と逢えば老大家、自然に気持がそうなって行くんですから面白いですよ。ところで一つ考えてみましょう。あなたがこれから新作家として登場して、三百万の読者の気にいるためには、いったい、どうしたらよいか。これは、むずかしい事です。しかし、絶望してはいけません。これはね、いいですか? 特に選ばれた百人以外の読者には気にいられない[#「気にいられない」に傍点]ようにするよりは、ずっと楽な事業です。ところで、何百万人の気にいる作家は、常にまた自分自身でも気にいっているのだが、少数者にし
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