口を引締めて眥《まなじり》を決し、分会長殿を睨《にら》んでやったが、一向にききめがなく、ただ、しょぼしょぼと憐憫《れんびん》を乞うみたいな眼つきをしたくらいの効果しかなかったようである。私は第二国民兵の、しかも丙の部類であるから、その時の査閲には出なくてもよかったらしいのであるが、班長にすすめられて参加したのだ。服装というものは不思議なもので、第二国民兵の服装をしていると、どんな人でも、ねっからの第二国民兵に見えて来るもので、職業、年齢、知識、財産などのにおいは全然、消えてしまって、お医者も職工さんも重役も床屋さんも、みんな同年配の同資格の第二国民兵に見えて来るものである。まずしい身なりをしていても、さすがに人品骨柄いやしからず、こいつただものでない、などというのは、あれは講談で、第二国民兵の服装をしているからには、まさしくそのとおり第二国民兵であって、そこが軍律の有難いところで、いやしくも上官に向って高ぶる心を起させない。私はその日は、完全に第二国民兵以外の何者でもなかった。しかも頗《すこぶ》る、操作拙劣の兵である。私ひとり参加した為に、私の小隊は大いに迷惑した様子であった。それほど私は、ぶざまだった。けれども、実に不慮の事件が突発した。査閲がすんで、査閲官の老大佐殿から、今日の諸君の成績は、まずまず良好であった。という御講評の言葉をいただき、
「最後に」と大佐殿は声を一段と高くして、「今日の査閲に、召集がなかったのに、みずからすすんで参加いたした感心の者があったという事を諸君にお知らせしたい。まことに美談というべきである。たのもしい心がけである。もちろん之《これ》は、ただちに上司にも報告するつもりである。ただいま、その者の名を呼びます。その者は、この五百人の会員全部に聞えるように、はっきりと、大きな声で返辞をしなさい。」
 まことに奇特な人もあるものだ、その人は、いったい、どんな環境の人だろう、などと考えているうちに、名前が私の名だ。「はあい。」のどに痰《たん》がからまっていたので、奇怪に嗄《しわが》れた返辞であった。五百人はおろか、十人に聞えたかどうか、とにかく意気のあがらぬ返事であった。何かの間違い、と思ったが、また考え直してみると、事実無根というわけでもない。私はからだが悪くて丙の部類なのだが、班の人数が少なかったので、御近所の班長さんにすすめられて参加す
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