覺えたのである。ただ微笑をもつて答へた。
 兄はそのあひだに、几帳面らしく眞野と飛騨へ、お世話になりました、と言つてお辭儀をして、それから小菅へ眞面目な顏で尋ねた。「ゆうべは、ここへ泊つたつて?」
「さう。」小菅は頭を掻き掻き言つた。「となりの病室があいてゐましたので、そこへ飛騨君とふたり泊めてもらひました。」
「ぢや今夜から私の旅籠《はたご》へ來給へ。江の島に旅籠をとつてゐます。飛騨さん、あなたも。」
「はあ。」飛騨はかたくなつてゐた。手にしてゐる三枚のトランプを持てあましながら返事した。
 兄は、なんでもなささうにして葉藏のはうを向いた。
「葉藏、もういいか。」
「うん。」ことさらに、にがり切つて見せながらうなづいた。
 兄は、にはかに饒舌になつた。
「飛騨さん。院長先生のお供をして、これからみんなでひるめしたべに出ませうよ。私は、まだ江の島を見たことがないのですよ。先生に案内していただかうと思つて。すぐ、出掛けませう。自動車を待たせてあるのです。よいお天氣だ。」
 僕は後悔してゐる。二人のおとなを登場させたばかりに、すつかり滅茶滅茶である。葉藏と小菅と飛騨と、それから僕と四人かか
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