室で、知り合いになったのでございます。私は、ひとめで人を好きになってしまうたちの女でございます。やはり私と同じように左の眼に白い眼帯《がんたい》をかけ、不快げに眉《まゆ》をひそめて小さい辞書のペエジをあちこち繰ってしらべて居られる御様子は、たいへんお可哀《かわい》そうに見えました。私もまた、眼帯のために、うつうつ気が鬱《うっ》して、待合室の窓からそとの椎《しい》の若葉を眺《なが》めてみても、椎の若葉がひどい陽炎《かげろう》に包まれてめらめら青く燃えあがっているように見え、外界のものがすべて、遠いお伽噺《とぎばなし》の国の中に在るように思われ、水野さんのお顔が、あんなにこの世のものならず美しく貴く感じられたのも、きっと、あの、私の眼帯の魔法が手伝っていたと存じます。
水野さんは、みなし児なのです。誰も、しんみになってあげる人がないのです。もとは、仲々の薬種問屋で、お母さんは水野さんが赤ん坊のころになくなられ、またお父さんも水野さんが十二のときにおなくなりになられて、それから、うちがいけなくなって、兄さん二人、姉さん一人、みんなちりぢりに遠い親戚《しんせき》に引きとられ、末子の水野さんは
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