船のことや、モイセスの十誡《じっかい》のこと。そうしてエイズス・キリストスの降誕、受難、復活のてんまつ。シロオテの物語は、尽きるところなかった。
 白石は、ときどき傍見《わきみ》をしていた。はじめから興味がなかったのである。すべて仏教の焼き直しであると独断していた。

 白石のシロオテ訊問は、その日を以ておしまいにした。白石はシロオテの裁断について将軍へ意見を言上した。このたびの異人は万里のそとから来た外国人であるし、また、この者と同時に唐へ赴《おもむ》いたものもある由なれば、唐でも裁断をすることであろうし、わが国の裁断をも慎重にしなければならぬ、と言って三つの策を建言した。
 第一にかれを本国へ返さるる事は上策也(此事難きに似て易き歟《か》)
 第二にかれを囚となしてたすけ置るる事は中策也(此事易きに似て尤《もっとも》難し)
 第三にかれを誅《ちゅう》せらるる事は下策也(此事易くして易かるべし)

 将軍は中策を採って、シロオテをそののち永く切支丹屋敷の獄舎につないで置いた。しかし、やがてシロオテは屋敷の奴婢《ぬひ》、長助はる夫婦に法を授けたというわけで、たいへんいじめられた。シロオ
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