ん》は何の手加減も容赦《ようしゃ》も無く、私が小学校を卒業したばかりで何の学識も無いこと、詩はいよいよ下手《へた》くそを極めて読むに堪えないこと、東北の寒村などに生れた者には高貴優雅な詩など書けるわけは絶対に無いこと、あの顔を見よ、どだい詩人の顔でない、生活のだらしなさ、きたならしさ、卑怯《ひきょう》未練、このような無学のルンペン詩人のうろついているうちは日本は決して文明国とは言えない、という実に一から十までそのとおりの事で、阿呆《あほう》な子に向って、お前は家の足手まといになるから死ぬがよい、と言うほどのおそろしく的確なやっつけ方で、みも、ふたも無く、ダメなものはダメと一挙に圧殺の猛烈さでございまして、私はそのお方とは、いつか詩人の会でたったいちどちらと顔を合せた事があるくらいのもので、個人的な恩怨《おんえん》は何も無かった筈でございますのに、どうして私のようなあるか無きかの所謂《いわゆる》ルンペン的存在のものを特に選んで槍玉《やりだま》に挙げたのでございましょうか、やっぱり永年外国で学問をして来て大学の教授などしていても、あのダメな男につけ込んでさんざん痛めつけるという女性特有の本能を持っているからなのでございましょうか、とにかく私はそのすさまじい文章を或る詩の雑誌で読み、がたがた震えまして、極度の恐怖感のため、へんな性慾倒錯のようなものを起し、その六十歳をすぎた、男子にも珍らしいくらいの大きないかめしい顔をしているお婆さんに、こんな電報を打ってしまって、いよいよ恥の上塗りを致しました。ナンジニ、セツプンヲオクル。
 しかし、あの婆さんの教授は、私にこんな気が狂うくらいの大恐怖を与え、そうして私のさなきだに細く弱っていた詩の生命を完全にぷつっと絶ってしまった事にはたぶんお気附きなさる事もなく、いやいや、お気附きになったら、かえってお得意そうにうっとりなさるのかも知れませんが、とにかく先年、安楽な大往生をとげられた様子でございます。
 さて、もうだいぶ暗くもなってまいりましたので、私の愚かな経験談も、そろそろ終りに致したいと存じますが、之《これ》を要しまするに、世の女性というものは学問のある無しにかかわらず、異様なおそるべき残忍性を蔵しているもののようでございまして、そのくせまた、女子は弱いと言い、之をいたわってもらいたいと言い、そうかと思うと、男は男らしくあって
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