うかつ》しようと思っていた。ひどい手紙だぜ。ウソばっかり書いていた。」
「知っていますよ。そのウソが、どの程度に巧妙なウソか、それを調べてみたくなったのです。ちょっと見せて下さい。ちょっとでいいんです。大丈夫。鬼の腕みたいに持ち逃げしません。ちょっと見たら、すぐ返しますから。」
 先輩は笑いながら手文庫を持ち出し、しばらく捜して一通、私に手渡した。
「恐喝は冗談だが。これからは気を附け給え。」
「わかっています。」
 以下は、その手紙の全文である。
 ――○○兄。生涯にいちどのおねがいがございます。八方手をつくしたのですが、よい方法がなく、五六回、巻紙を出したり、ひっこめたりして、やっと書きます。この辺の気持ちお察し下さい。今月末まで必ず必ずお返しできるゆえ、××家あたりから二十円、やむを得ずば十円、借りて下さるまいか? 兄には、決してごめいわくをおかけしません。「太宰がちょっとした失敗をして、困っているから、」と申して借りて下さい。三月末には必ずお返しできます。お金、送るなり、又、兄御自身お遊びがてら御持参くだされたら、よろこび、これに過ぎたるは、ございません。図々《ずうずう》しい、わがままだ、勝手だ、なまいきだ、だらしない、いかなる叱正《しっせい》をも甘受いたす覚悟です。只今、仕事をして居ります。この仕事ができれば、お金がはいります。一日早ければ一日早いだけ助かります。二十日に要るのですけれど。おそくだと、私のほうでも都合つくのですが。万事御了察のうえ、御願い申しあげます。何事も申し上げる力がございません。委細は拝眉《はいび》の日に。三月十九日。治拝。」
 意外な事には、此の手紙のところどころに、先輩の朱筆の評が書き込まれていた。括弧《かっこ》の中が、その先輩の評である。
 ――○○兄。生涯にいちどの(人間のいかなる行為も、生涯にいちどきりのもの也)おねがいがございます。八方手をつくしたのですが(まず、三四人にも出したか)よい方法がなく、五六回、巻紙を出したり、ひっこめたりして(この辺は真実ならん)やっと書きます。この辺の気持ちお察し下さい(察しはつくが、すこし変である)今月末までに必ず必ずお返しできるゆえ、××家あたり(あたりとは、おかしき言葉なり)から二十円、やむを得ずば十円、借りて下さるまいか? 兄には、決してごめいわくをおかけしません(この辺は真実ならん
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