してからは、急速に芹川さんの気持もすすんで、何だか、ふたりで、きめてしまったのだそうです。先方は、横浜の船会社の御次男だとか、慶応の秀才で、末は立派な作家になるでしょうとか、いろいろ芹川さんから教えていただきましたけれど、私には、ひどく恐しい事みたいで、また、きたならしいような気さえ致しました。一方、芹川さんをねたましくて、胸が濁ってときめき致しましたが、努めて顔にあらわさず、いいお話ね、芹川さんしっかりおやりなさい、と申しましたら、芹川さんは敏感にむっとふくれて、あなたは意地悪ね、胸に短剣を秘めていらっしゃる、いつもあなたは、あたしを冷く軽蔑していらっしゃる、ダイヤナね、あなたは、といつになく強く私を攻めますので私も、ごめんなさい、軽蔑なんかしてやしないわ、冷く見えるのは私の損な性分《しょうぶん》ね、いつでも人から誤解されるの、私ほんとうは、あなたたちの事なんだか恐しいの、相手のおかたが、あんまり綺麗すぎるわ、あなたを、うらやんでいるのかも知れないのね、と思っていることをそのまま申し述べましたら、芹川さんも晴れ晴れと御機嫌を直して、そこなのよ、あたし、家の兄さんにだけは、このことを打ち明けてあるのだけれど、兄さんも、やっぱりあなたと同じようなことを言って、絶対反対なの、もっと地《じ》みちな、あたりまえの結婚をしろって言うのよ、もっとも兄さんは徹底した現実家だから、そう言うのも無理はないけれど、でも、あたし兄さんの反対なんか気にしていないの、来年の春、あの人が学校を卒業したら、あたしたちだけでちゃんときめてしまうの、と可愛く両肩を張って意気込んでいました。私は無理に微笑み、ただ首肯《うなず》いて聞いていました。あの人の無邪気さが、とても美しく、うらやましく思われ、私の古くさい俗な気質が、たまらなく醜いものに思われました。そんな打ち明け話があってから、芹川さんと私との間は、以前ほど、しっくり行かなくなって、女の子って変なものですね、誰か間に男の人がひとりはいると、それまでどんなに親しくつき合っていたっても、颯《さ》っと態度が鹿爪らしくなって、まるで、よそよそしくなってしまうものです。まさか私たちの間は、そんなにひどく変ったわけではございませんけれど、でも、お互に遠慮が出て、御挨拶まで叮嚀になり、口数も少なくなりましたし、よろずに大人びてまいりました。どちらからも、あの
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