兄は真面目《まじめ》に、
「昔は出来たのだが、いまは人手も無いし、何せ爆弾騒ぎで、庭師どころじゃなかった。この庭もこれで、出鱈目《でたらめ》の庭ではないのだ。」
「そうでしょうね。」弟には、庭の趣味があまりない。何せ草ぼうぼうの廃園なんかを、美しいと思って眺《なが》める野蛮人だ。
 兄はそれからこの庭の何流に属しているのか、その流儀はどこから起って、そうしてどこに伝って、それからどうして津軽の国にはいって来たかを説明して聞かせて、自然に話は利休《りきゅう》の事に移って行った。
「どうして、お前たちは、利休の事を書かないのだろう。いい小説が出来ると思うのだが。」
「はあ。」と私は、あいまいの返辞をする。居候の弟も、話が小説の事になると、いくらか専門家の気むずかしさを見せる。
「あれは、なかなかの人物だよ。」と兄は、かまわず話をつづける。「さすがの太閤《たいこう》も、いつも一本やられているのだ。柚子味噌《ゆずみそ》の話くらいは知っているだろう。」
「はあ。」と弟は、いよいよあいまいな返辞をする。
「不勉強の先生だからな。」と兄は、私が何も知らないと見きわめをつけてしまったらしく、顔をしかめてそう言った。顔をしかめた時の兄の顔は、ぎょっとするほどこわい。兄は、私をひどく不勉強の、ちっとも本を読まない男だと思っているらしく、そうして、それが兄にとって何よりも不満な点のようであった。
 これは、しくじったと居候はまごつき、
「しかし、私は、どうも利休をあまり、好きでないんです。」と笑いながら言う。
「複雑な男だからな。」
「そうです。わからないところがあるんです。太閤を軽蔑しているようでいながら、思い切って太閤から離れる事も出来なかったというところに、何か、濁りがあるように思われるのです。」
「そりゃ、太閤に魅力があったからさ。」といつのまにやら機嫌《きげん》を直して、「人間として、どっちが上か、それはわからない。両方が必死に闘ったのだ。何から何まで対蹠《たいしょ》的な存在だからな。一方は下賤《げせん》から身を起して、人品あがらず、それこそ猿面の痩《や》せた小男で、学問も何も無くて、そのくせ豪放|絢爛《けんらん》たる建築美術を興《おこ》して桃山時代の栄華を現出させた人だが、一方はかなり裕福の家から出て、かっぷくも堂々たる美丈夫で、学問も充分、そのひとが草の庵《いおり》のわびの
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