れはN君をただ恐縮させるばかりの大袈裟な偽善的な仕草に似てゐるやうにも思はれて、裸足にもなれなかつた。私には、常識的な善事を行ふに当つて、甚だてれる悪癖がある。
「ずいぶん大がかりな機械ぢやないか。よく君はひとりで操縦が出来るね。」お世辞では無かつた。N君も、私と同様、科学的知識に於いては、あまり達人ではなかつたのである。
「いや、簡単なものなんだ。このスヰツチをかうすると、」などと言ひながら、あちこちのスヰツチをひねつて、モーターをぴたりと止めて見せたり、また籾殻の吹雪を現出させて見せたり、出来上りの米を瀑布のやうにざつと落下させて見せたり自由自在にその巨大な機械をあやつつて見せるのである。
ふと私は、工場のまん中の柱に張りつけられてある小さいポスターに目をとめた。お銚子の形の顔をした男が、あぐらをかき腕まくりして大盃を傾け、その大盃には家や土蔵がちよこんと載つてゐて、さうしてその妙な画には、「酒は身を飲み家を飲む」といふ説明の文句が印刷されてあつた。私は、そのポスターを永い事、見つめてゐたので、N君も気がついたか、私の顔を見てにやりと笑つた。私もにやりと笑つた。同罪の士である。「どうもねえ。」といふ感じなのである。私はそんなポスターを工場の柱に張つて置くN君を、いぢらしく思つた。誰か大酒を恨まざる、である。私の場合は、あの大盃に、私の貧しい約二十種類の著書が載つてゐるといふ按配なのである。私には、飲むべき家も蔵も無い。「酒は身を飲み著書を飲む」とでも言ふべきところであらう。
工場の奥に、かなり大きい機械が二つ休んでゐる。あれは何? とN君に聞いたら、N君は幽かな溜息をついて、
「あれは、なあ、縄を作る機械と、筵《むしろ》を作る機械なんだが、なかなか操作がむづかしくて、どうも僕の手には負へないんだ。四、五年前、この辺一帯ひどい不作で、精米の依頼もばつたり無くなつて、いや、困つてねえ、毎日毎日、炉傍に坐つて煙草をふかして、いろいろ考へた末、こんな機械を買つて、この工場の隅で、ばつたんばつたんやつてみたのだが、僕は不器用だから、どうしても、うまくいかないんだ。淋しいもんだつたよ。結局一家六人、ほそぼそと寝食ひさ。あの頃は、もう、どうなる事かと思つたね。」
N君には、四歳の男の子がひとりある他に、死んだ妹さんの子供をも三人あづかつてゐるのだ。妹さんの御亭主も、北支
前へ
次へ
全114ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング