たちは、東京から来た客人を、すべて食べものをあさりに来たものとして軽蔑して取扱ふやうになつたといふ噂も聞いた。私は津軽へ、食べものをあさりに来たのではない。姿こそ、むらさき色の乞食にも似てゐるが、私は真理と愛情の乞食だ、白米の乞食ではない! と東京の人全部の名誉のためにも、演説口調できざな大見得を切つてやりたいくらゐの決意をひめて津軽へ来たのだ。もし、誰か私に向つて、さあさ、このごはんは白米です、おなかが破れるほど食べて下さい、東京はひどいつて話ぢやありませんか、としんからの好意を以て言つてくれても、私は軽く一ぱいだけ食べて、さうしてかう言はうと思つてゐた。「なれたせゐか、東京のごはんのはうがおいしい。副食物だつて、ちやうど無くなつたと思つた頃に、ちやんと配給がありますBいつのまにやら胃腑が撤収して小さくなつてゐるので、少したべると満腹します。よくしたもんですよ。」
 けれども私のそんなひねくれた用心は、まつたく無駄であつた。私は津軽のあちこちの知合ひの家を訪れたが、一人として私に、白いごはんですよ、腹の破れるほど食ひ溜めなさいなどと言つてくれた人は無かつた。殊にも、私の生家の八十八歳の祖母などに至つては、「東京は、おいしいものが何でもあるところだから、お前に、何かおいしいものを食べさせようと思つても困つてしまふな。瓜の粕漬でも食べさせたいが、どうしたわけだか、このごろ酒粕もとんと無いてば。」と面目なささうに言ふので、私は実に幸福な気がした。謂はば私は、食べ物などの事にはあまり敏感でないおつとりした人たちとばかり逢つたのである。私は自分の幸運を神に感謝した。あれも持つて行け、これも持つて行け、と私に食料品のお土産をしつこく押しつけた人も無かつた。おかげで私は軽いリユツクサツクを背負つて気楽に旅をつづける事が出来たのであるが、けれども帰京してみると、私の家には、それぞれの旅先の優しい人たちからの小包が、私よりもさきに一ぱいとどいてゐたので呆然とした。それは余談だが、とにかく、T君もそれ以上私に食べものをすすめはしなかつたし、東京の食べ物はどんな工合であるかなどといふ事は、一ぺんも話題にのぼらなかつた、おもな話題は、やはり、むかし二人が金木の家で一緒に遊んだ頃の思ひ出であつた。
「僕は、しかし君を、親友だと思つてゐるんだぜ。」実に乱暴な、失敬な、いやみつたらしく気障《き
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