家のお座敷に、それぞれの家族が重箱をひろげ、大人は酒を飲み、子供と女は、ごはん食べながら、大陽気で語り笑つてゐるのである。日本は、ありがたい国だと、つくづく思つた。たしかに、日出づる国だと思つた。国運を賭しての大戦争のさいちゆうでも、本州の北端の寒村で、このやうに明るい不思議な大宴会が催されて居る。古代の神々の豪放な笑ひと闊達な舞踏をこの本州の僻陬に於いて直接に見聞する思ひであつた。海を越え山を越え、母を捜して三千里歩いて、行き着いた国の果の砂丘の上に、華麗なお神楽が催されてゐたといふやうなお伽噺の主人公に私はなつたやうな気がした。さて、私は、この陽気なお神楽の群集の中から、私の育ての親を捜し出さなければならぬ。わかれてから、もはや三十年近くなるのである。眼の大きい頬ぺたの赤いひとであつた。右か、左の眼蓋の上に、小さい赤いほくろがあつた。私はそれだけしか覚えてゐないのである。逢へば、わかる。その自信はあつたが、この群集の中から捜し出す事は、むづかしいなあ、と私は運動場を見廻してべそをかいた。どうにも、手の下しやうが無いのである。私はただ、運動場のまはりを、うろうろ歩くばかりである。
「越野たけといふひと、どこにゐるか、ご存じぢやありませんか。」私は勇気を出して、ひとりの青年にたづねた。「五十くらゐのひとで、金物屋の越野ですが。」それが私のたけに就いての知識の全部なのだ。
「金物屋の越野。」青年は考へて、「あ、向うのあのへんの小屋にゐたやうな気がするな。」
「さうですか。あのへんですか?」
「さあ、はつきりは、わからない。何だか、見かけたやうな気がするんだが、まあ、捜してごらん。」
 その捜すのが大仕事なのだ。まさか、三十年振りで云々と、青年にきざつたらしく打明け話をするわけにも行かぬ。私は青年にお礼を言ひ、その漠然と指差された方角へ行つてまごまごしてみたが、そんな事でわかる筈は無かつた。たうとう私は、昼食さいちゆうの団欒の掛小屋の中に、ぬつと顔を突き入れ、
「おそれいります。あの、失礼ですが、越野たけ、あの、金物屋の越野さんは、こちらぢやございませんか。」
「ちがひますよ。」ふとつたおかみさんは不機嫌さうに眉をひそめて言ふ。
「さうですか。失礼しました。どこか、この辺で見かけなかつたでせうか。」
「さあ、わかりませんねえ。何せ、おほぜいの人ですから。」
 私は更にま
前へ 次へ
全114ページ中108ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング