でせう。」新郎は、てれながらも余裕を見せた。
「とにかく、聞いてみませう。」私は路傍の畑で働いてゐるお百姓さんに、スフの帽子をとつてお辞儀をして、「この路を、洋服を着た若いアネサマがとほりませんでしたか。」と尋ねた。とほつた、といふ答へである。何だか、走るやうに、ひどくいそいでとほつたといふ。春の野路を、走るやうにいそいで新郎の後を追つて行く姪の姿を想像して、わるくないと思つた。しばらく山を登つて行くと、並木の落葉松の蔭に姪が笑ひながら立つてゐた。ここまで追つかけて来てもゐないから、あとから来るのだらうと思つて、ここでワラビを取つてゐたといふ。別に疲れた様子も見えない。この辺は、ワラビ、ウド、アザミ、タケノコなど山菜の宝庫らしい。秋には、初茸《はつたけ》、土かぶり、なめこなどのキノコ類が、アヤの形容に依れば「敷《し》かさつてゐるほど」一ぱい生えて、五所川原、木造あたりの遠方から取りに来る人もあるといふ。
「陽ちやまは、きのこ取りの名人です。」と言ひ添へた。また、山を登りながら、
「金木へ、宮様がおいでになつたさうだね。」と私が言ふと、アヤは、改まつた口調で、はい、と答へた。
「ありがたい事だな。」
「はい。」と緊張してゐる。
「よく、金木みたいなところに、おいで下さつたものだな。」
「はい。」
「自動車で、おいでになつたか。」
「はい。自動車でおいでになりました。」
「アヤも、拝んだか。」
「はい。拝ませていただきました。」
「アヤは、仕合せだな。」
「はい。」と答へて、首筋に巻いてゐるタオルで顔の汗を拭いた。
鶯が鳴いてゐる。スミレ、タンポポ、野菊、ツツジ、白ウツギ、アケビ、野バラ、それから、私の知らない花が、山路の両側の芝生に明るく咲いてゐる。背の低い柳、カシハも新芽を出して、さうして山を登つて行くにつれて、笹がたいへん多くなつた。二百メートルにも足りない小山であるが、見晴しはなかなかよい。津軽平野全部、隅から隅まで見渡す事が出来ると言ひたいくらゐのものであつた。私たちは立ちどまつて、平野を見下し、アヤから説明を聞いて、また少し歩いて立ちどまり、津軽富士を眺めてほめて、いつのまにやら、小山の頂上に到達した。
「これが頂上か。」私はちよつと気抜けして、アヤに尋ねた。
「はい、さうです。」
「なあんだ。」とは言つたものの、眼前に展開してゐる春の津軽平野の風景には、
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