そう? どうでした? すこうし、キザね。そうでしょう?」
「まあ、でも、あんなところさ。そりゃもう、僕《ぼく》にくらべたら、どんな男でも、あほらしく見えるんだからね。我慢しな。」
「そりゃ、そうね。」
 娘さんは、その青年とあっさり結婚する気でいるようであった。
 先夜、私は大酒を飲んだ。いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私のなじみのおでんやに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の編輯者《へんしゅうしゃ》が、たぶんここだろうと思った、と言ってウイスキー持参であらわれ、その編輯者の相手をしてまたそのウイスキーを一本飲みつくして、こりゃもう吐くのではなかろうか、どうなるのだろう、と自分ながら、そらおそろしくなって来て、さすがにもう、このへんでよそうと思っても、こんどは友人が、席をあらためて僕にこれからおごらせてくれ、と言い出し、電車に乗って、その友人のなじみの小料理屋にひっぱって行かれ、そこでまた日本酒を飲み、やっとその友人、編輯者の両人とわかれた時には、私はもう、歩けないくらいに酔っていた。
「とめてくれ。うちまで歩いて行けそうもないんだ。このままで、寝ちまうからね。たのむよ。」
 私は、こたつに足をつっこみ、二重廻《にじゅうまわ》しを着たままで寝た。
 夜中に、ふと眼がさめた。まっくらである。数秒間、私は自分のうちで寝ているような気がしていた。足を少しうごかして、自分が足袋をはいているままで寝ているのに気附《きづ》いてはっとした。しまった! いけねえ!
 ああ、このような経験を、私はこれまで、何百回、何千回、くりかえした事か。
 私は、唸《うな》った。
「お寒くありません?」
 と、キクちゃんが、くらやみの中で言った。
 私と直角に、こたつに足を突込んで寝ているようである。
「いや、寒くない。」
 私は上半身を起して、
「窓から小便してもいいかね。」
 と言った。
「かまいませんわ。そのほうが簡単でいいわ。」
「キクちゃんも、時々やるんじゃねえか。」
 私は立上って、電燈《でんとう》のスイッチをひねった。つかない。
「停電ですの。」
 とキクちゃんが小声で言った。
 私は手さぐりで、そろそろ窓のほうに行き、キクちゃんのからだに躓《
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング