ま》の如く迅速に飛んで来て魚容の翼を咥《くわ》え、颯《さっ》と引上げて、呉王廟の廊下に、瀕死《ひんし》の魚容を寝かせ、涙を流しながら甲斐甲斐《かいがい》しく介抱《かいほう》した。けれども、かなりの重傷で、とても助からぬと見て竹青は、一声悲しく高く鳴いて数百羽の仲間の烏を集め、羽ばたきの音も物凄《ものすご》く一斉に飛び立ってかの舟を襲い、羽で湖面を煽《あお》って大浪を起し忽《たちま》ち舟を顛覆《てんぷく》させて見事に報讐《ほうしゅう》し、大烏群は全湖面を震撼《しんかん》させるほどの騒然たる凱歌《がいか》を挙げた。竹青はいそいで魚容の許《もと》に引返し、その嘴を魚容の頬にすり寄せて、
「聞えますか。あの、仲間の凱歌が聞えますか。」と哀慟《あいどう》して言う。
 魚容は傷の苦しさに、もはや息も絶える思いで、見えぬ眼をわずかに開いて、
「竹青。」と小声で呼んだ、と思ったら、ふと眼が醒《さ》めて、気がつくと自分は人間の、しかも昔のままの貧書生の姿で呉王廟の廊下に寝ている。斜陽あかあかと目前の楓《かえで》の林を照らして、そこには数百の烏が無心に唖々と鳴いて遊んでいる。
「気がつきましたか。」と農夫
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