お慈悲、ひねこびた倒錯《とうさく》の愛情、無意識の女々しき復讐心より発するものと知れ。つね日頃より貴族の出《しゅつ》を誇れる傲縦《ごうしょう》のマダム、かの女の情夫のあられもない、一路物慾、マダムの丸い顔、望見するより早く、お金くれえ、お金くれえ、と一語は高く、一語は低く、日毎夜毎のお念仏。おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅のもと、腕環投げ、頸飾り投げ、五個の指環の散弾、みんなあげます、私は、どうなってもいいのだ、と流石《さすが》に涙あふれて、私をだますなら、きっと巧みにだまして下さい、完璧《かんぺき》にだまして下さい、私はもっともっとだまされたい、もっともっと苦しみたい、世界中の弱き女性の、私は苦悩の選手です、などすこし異様のことさえ口走《くちばし》り、それでも母の如きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっと抓《つま》んだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子《とうがらし》のように真赤に燃え、絨毯《じゅうたん》のうえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑いしながら拾い集めて居る十八歳、寅《とら》の年生れの美丈夫
前へ 次へ
全31ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング