うのです。いったいに、女は、男よりも快楽をよけいに頬張る事が出来るようです。
 自分が中学時代に世話になったその家の姉娘も、妹娘も、ひまさえあれば、二階の自分の部屋にやって来て、自分はその度毎に飛び上らんばかりにぎょっとして、そうして、ひたすらおびえ、
「御勉強?」
「いいえ」
 と微笑して本を閉じ、
「きょうね、学校でね、コンボウという地理の先生がね」
 とするする口から流れ出るものは、心にも無い滑稽噺でした。
「葉ちゃん、眼鏡をかけてごらん」
 或る晩、妹娘のセッちゃんが、アネサと一緒に自分の部屋へ遊びに来て、さんざん自分にお道化を演じさせた揚句の果に、そんな事を言い出しました。
「なぜ?」
「いいから、かけてごらん。アネサの眼鏡を借りなさい」
 いつでも、こんな乱暴な命令口調で言うのでした。道化師は、素直にアネサの眼鏡をかけました。とたんに、二人の娘は、笑いころげました。
「そっくり。ロイドに、そっくり」
 当時、ハロルド・ロイドとかいう外国の映画の喜劇役者が、日本で人気がありました。
 自分は立って片手を挙げ、
「諸君」
 と言い、
「このたび、日本のファンの皆様がたに、……」
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