んな事をやられたひには、こっちの命がたまらない」
 ヒラメの話の聞き手になっているのは、京橋のバアのマダムでした。
「マダム」
 と自分は呼びました。
「うん、何? 気がついた?」
 マダムは笑い顔を自分の顔の上にかぶせるようにして言いました。
 自分は、ぽろぽろ涙を流し、
「ヨシ子とわかれさせて」
 自分でも思いがけなかった言葉が出ました。
 マダムは身を起し、幽かな溜息をもらしました。
 それから自分は、これもまた実に思いがけない滑稽とも阿呆らしいとも、形容に苦しむほどの失言をしました。
「僕は、女のいないところに行くんだ」
 うわっはっは、とまず、ヒラメが大声を挙げて笑い、マダムもクスクス笑い出し、自分も涙を流しながら赤面の態《てい》になり、苦笑しました。
「うん、そのほうがいい」
 とヒラメは、いつまでもだらし無く笑いながら、
「女のいないところに行ったほうがよい。女がいると、どうもいけない。女のいないところとは、いい思いつきです」
 女のいないところ。しかし、この自分の阿呆くさいうわごとは、のちに到って、非常に陰惨に実現せられました。
 ヨシ子は、何か、自分がヨシ子の身代りに
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